ITエンジニアは「洗濯屋」なのかもしれない
AIによってコード生成や自動化が進み、「エンジニアの仕事はどうなるのか?」という話をよく見かけるようになった。
以前は「氷売り」の話をした。
人間は氷が欲しかったわけではなく、「冷たい状態」が欲しかったという話だ。
今回は少し違う視点で考えてみたい。
それが「洗濯屋」だ。
昔の洗濯は大仕事だった
今では洗濯機のボタンを押せば終わる。
しかし昔はそうではなかった。
- 水を汲む
- 洗う
- 叩く
- 絞る
- 干す
洗濯は今よりずっと重労働だった。
そのため、洗濯を代行する「洗濯屋」という仕事が存在した。
おそらく違う。
人々が欲しかったのは、洗濯そのものではない。
欲しかったのは「清潔な服を着ること」だった。
人間は作業が欲しいわけではない
ここが面白い。
人間は意外と「作業」そのものを求めていない。
欲しいのは、その先にある状態だ。
- 洗濯 → 清潔になりたい
- 料理 → 美味しく食べたい
- 移動 → 目的地へ行きたい
- 勉強 → 理解したい
ITもかなり似ている。
例えばエンジニアは日々こういうことをしている。
- APIをつなぐ
- データを整理する
- 通知を送る
- 自動化する
- バグを直す
しかし利用者は、APIが欲しいわけではない。
データベースが欲しいわけでもない。
コードが欲しいわけでもない。
AIは巨大な洗濯機になるのかもしれない
ここでAIが登場する。
昔は人が洗濯していた。
次に洗濯屋が現れた。
そして洗濯機が現れた。
今では全自動洗濯機まである。
ITの世界でも似たことが起きている。
- 人が手作業で行う
- エンジニアが自動化する
- AIがさらに自動化する
すると、エンジニアの仕事が消えるように見える。
しかし、そうではない気がする。
洗濯屋が消えても、「清潔になりたい」という欲求は消えなかった。
むしろ洗濯機の登場で、さらに多くの価値が生まれた。
洗濯屋には便利さだけではない問題もあった
ただし、洗濯屋には一つ問題があった。
便利ではあるが、自分の洗濯物を他人に預けなければならない。
- 誰かに見られるかもしれない
- 雑に扱われるかもしれない
- 紛失するかもしれない
- 他人に触れられること自体が嫌かもしれない
つまり、人間は単純に「楽になりたい」だけではなかった。
もう一つ大事な欲求があった。
それは「安心したい」だ。
だから洗濯機が普及した理由は、効率だけではなかったのかもしれない。
- 家の中で洗える
- 他人に見られない
- 自分で管理できる
- 安心できる
AIにも似たことが起きている
これを今のAIに置き換えると、少し面白いことが見えてくる。
今、人々はAIに様々なものを預け始めている。
- メール
- 予定表
- 画像
- 社内資料
- 個人メモ
- 仕事の内容
便利なのは間違いない。
しかし、その一方でこんな感覚もある。
「これ誰か見ていないよね?」
「会社の情報は大丈夫?」
「勝手に学習されない?」
これは性能の問題ではない。
信頼の問題だ。
もしかすると、未来のAIで重要になるのは性能競争だけではない。
「どれだけ安心して預けられるか」なのかもしれない。
エンジニアは何を洗っているのか
もしかすると、エンジニアはコードを書いているのではない。
人間の「面倒」を洗っているのかもしれない。
- 面倒な入力作業
- 面倒な確認作業
- 面倒な転記作業
- 面倒な繰り返し作業
つまり、コードは洗剤みたいなものだ。
本当に重要なのは洗剤ではない。
服が綺麗になっていることだ。